
もし、わたしが少しだけ受け取りを遅らせることで、 誰かの今日が少し楽になるのなら──
そんなふうに思えた朝だった。
年金を繰り下げるという選択は、 自分の未来のためだけじゃなく、 もしかしたら、誰かの未来を支えることにもなるのかもしれない。
団塊の世代が一斉に高齢期を迎え、 年金制度は、まるで少し息切れした風のように、 静かに、でも確かに重たさを抱えている。
わたしが今、少しだけ待つことで、 その風がほんの少しでも軽くなるのなら── それは、わたしにできる小さな応援かもしれない。
年金を繰り下げると、受け取れる額が増える。 それは、時間が育ててくれる利息のようなもの。 元手はいらない。 ただ、少しだけ「今後」を我慢するだけでいい。
わたしはその間、貯金を取り崩して暮らしていくつもりだ。 もちろん、贅沢はできないけれど、 旅に出たり、好きなものを味わったり、 「今しかできないこと」を、ちゃんと楽しむつもりでもいる。
だって、未来のわたしが笑って受け取れるように、 今のわたしが、心を込めて準備してあげたいから。
でも、これは「元気だったら」の話。 だからこそ、日々の暮らしを丁寧に、 身体の声に耳を澄ませながら過ごしていきたい。
未来預金は、ただの数字じゃない。
それは、わたしがわたしに贈る、希望のかたち。 そして、ほんの少しだけ、 誰かの明日を支える静かな力にもなれたら── それは、きっとうれしいこと。


















